今日は2002年11月30日。バンクーバーの朝は水色が濃い。水色の絵の具にほんの少し紺を混ぜる。水を含ませた絵筆で伸ばす。障害物は羽ばたく鳥くらいなもんだから端から端まで大胆に伸ばしてよい。澄んだ空気、それはその色を吸収して下の海を照らしている。海に移るその色は紺色の絵の具をもう少し足した群青色。人は水色の空と群青色の海に挟まれた青い空気を思い切り吸いこむ。乾燥しているがとてもすがすがしい。嗚呼、東京のどこでこんな大きな呼吸をできるだろうか?心おきなく美味しい空気を肺いっぱいに吸い込める、なんとも贅沢な朝を用意してくれるバンクーバーなのだ。
一日は短い。私は今日から住む場所へ約束の時間よりも早く行き偵察を試みる。いよいよホストファミリーの家で生活するのだ。この小さい安いホテルとはお別れ。入り口のコーヒーは無料だが風味も味も良い。流石コーヒー好きなカナディアンの場所だ。本ではノースバンクーバーはすごく寒いと言うので厚着で行ってみる。さてさて、現地広告を比較してみるとどうも私のホームステイの金額は高い。ひと月600CADのところが多いが、私は680払うし翌月からは720払うことになっている。安いところだと500のところもかなりある。しかしまあ30代後半の私がワイヤースプリングがないベッドで、ハイジのような喜び方はできないから仕方ないか。それに専用トイレは欲しいし。綺麗な英語を使う家は今の私にはMUSTだしネ。ノースバンクーバーへは船で渡る。船でたったの10分。富士山のように頭だけ白くなっているグラウスマウンテンを背にしたビル群へ船は吸い込まれて行く。船着き場に到着。矢印に沿って外にでてみるが、閉店中の寿司バーの隣にはお決まりのお土産物屋さん、フードコートの隣に1件の本屋さん。それしかない寂しい駅前でタクシーを見つける事ができない。灰色の空がその寂しさを演出している。東京だったら駅前にはタクシー乗り場は当たり前なんだけどなあ。参ったなあ。初心者にバスは難しくて乗れないし。バンクーバーのバスは実に難しいのだ。
ひと際目立つ高層マンションの方へ歩いてみる。マンション帰りのタクシーを見つけてみようとするが残念。ひと気がない上に車も通らない。いやあ、本当に北に来た気がしてきた。仕方がない。スーツケースを引きずって高台の住宅地へとバス通りを昇っていく。やはり明るくて人通りのあるダウンタウンを選ぶべきだったかしら・・・と思いながら静まり返ったノースバンクーバーの薄暗い街で、音をたてながらスーツケースを引きずって歩く。高台へ上って住宅地を適当に歩いてみると、なんとまあ!そこにはクララの家がたくさん並んでいるのだ。すご~い。入り口から中が見えない。知らない街へ一人ぼっちで来た私はすっかり寂しくなってしまい、気分はフランクフルトへ着いたハイジ。ほっぺが赤くなったハイジ。最近目元のしわがちょっとだけ(実はかなり)目立ってきたけど、赤いコートが良く似合う私はハイジ(くどい?)。かわいい水谷ハイジ(ひつこい?)。見たこともない大きな家が並ぶフランクフルトの街からクララのいる家を探す不安いっぱいなハイジの気分。私のホストファミリーが住む家はキース6th街。つまり1stが下の道で今いるところだから6thは更に5ブロック上に上るワケ。そこから横に歩き番地を探す。やっと6thまで上ってきた。左にまっすぐ歩き246…422まできたから、私の家までもうそろそろだわ。ちょっと怖くなってきた。だってだってだって・・・・もんのすんごーーーーいでっけー家ばかりなんだもん!!芝生の広い事!コンビニを建てられる広さはあり。可愛い水谷ハイジは今はフランダースのネロ少年に変身していたのです。捨てても良いような服ばかり持って来ていた水谷ネロ君がこんなお屋敷で生活するのだろうか?
500番地の角で私は港の方へ顔を向ける。さっきまでいたダウンタウンの街が群青色の海を隔てた眼下に広がっている。高台の高級住宅地とはこのことだ。吐く息は白く冷たいが、空気の鮮明度は高い。両目の視界で捉えた横に長いダウンタウンの景色には幾つか上に飛び出している展望レストランや高層マンション群、そして下にはイギリス統治時代から続く茶煉瓦の建物たち。間に流れる海の上に白い何かがぽかりと浮いている。見覚えのある文字がある。自家用船と自家用ジェット用に浮いている海上ガソリンスタンドだ。初めてみる光景だ。群青色の海岸線にのびるリゾートホテルの建物を光らしている。新しい素材の建物はその壁面を金へ銀へと色を変えている。その中心から白い頑丈な建物が海岸に突き出ている。あれがカナダプレイスだ。白い大型客船が停泊している。
ああ、荷物が重い。手が冷たい。ほっぺは益々赤くなる。私の家はまだまだ。
ノースバンクーバー キース通りやっと520番地まできた。もうすぐだ。(*^_^*)